【開催報告】江戸時代の食文化から紐解くガストロノミーの可能性 – 富士・箱根・伊豆 国際学会

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【開催報告】江戸時代の食文化から紐解くガストロノミーの可能性

~200年前の婚礼膳の再現・アレンジ料理が完成するまで~
ー江川邸に残る「食」の記録を現代に蘇らせるー

このプロジェクトは、東アジア文化都市2023静岡県の一環として、地域に根ざす「ガストロノミー」の可能性を探るため、江戸時代の婚礼料理を再現およびアレンジし、その背景を読み解くことで伊豆の資源・物産・歴史・地理・文化・芸術を、学術的、そして実践的アプローチから検証し、普遍的価値を”今”に合わせて編集し、地域の魅力を再発見する取り組みです。

今回は江戸時代に江川家で実際につくられていた食事の記録をもとに、静岡を代表する2人の料理人が、当時の暮らしや食文化についてイマジネーションをふくらませながら、新たな解釈を加え、和食と中華の婚礼膳をつくりあげました。

江戸時代、富士山と駿河湾に囲まれた恵まれた自然環境の伊豆エリアは、東海道はじめとする陸路や航路の発展により、交通の要へと発展していきました。

また、旗本である江川家は伊豆と江戸を頻繁に行き来し、江戸の食材や文化を取り入れていたという記録も残っています。邸内で酒や味噌をつくっていた記録があることからも、華やかな江戸文化をとりいれた暮らしがこの地にあったのではないでしょうか。

9月12日に実施された再現・アレンジ料理の試食会では、関係者が一堂に会し、200年前の華やかな食事風景とおもてなしの心に思いを馳せながら、江戸時代から脈々と続く伊豆半島の豊かな食文化を堪能しました。 10月15日には韮山時代劇場にて「東アジアDNAの源流と、文化・芸術の多様な未来」第二部「歴史から紐解く地域の食文化」のパネルディスカッションが開催されます。ここでは試食会を振り返りながら、当時の豊かな食文化と未来へつながる可能性について意見交換が行われる予定です。

舞台となる江川邸
韮山代官9代目江川家36代当主江川英龍の肖像画

 

韮山の武家屋敷・江川家が舞台

パネルディスカッションの前段となる試食会が行われる江川邸は、中世以来、伊豆の土豪として土着した江川家の武家屋敷です。現存する建物は江戸時代初期に建て替えられました。現在、国指定重要文化財に登録されています。

江川家当主のなかでも江川英龍は幕末の科学者、技術者としても有名で、沿岸測量や韮山反射炉、お台場の建設に関わる一方、パン製造を手がけるなど多彩な人物であり、書画をたしなむ文化人でもありました。

江川家の貴重な資料の保存・研究を行う江川文庫には、江川邸でつくられた料理の献立や当時の製法など「食」に関する記録も数多く残っています。最近では、江戸時代の製法書を元に屋敷内で醸造されていた江川酒の再現も話題となりました。

今回、江川家に残る資料の中から、1803年に江川英龍の叔父であり、先代江川英毅の弟にあたる陽三郎が関川家に養子に入る際の婚礼献立と、伊豆国市吉田の名主だった家の結婚式の献立の記録をもとに、茶懐石料理の耕心庵 次五ゑむ 柴山崇志さん(伊豆の国市)と中華料理の華味 関口寛さん(沼津市)の二名が、新たな婚礼料理を創作しました。

【プロフィール】

耕心庵 次五ゑむ 柴山崇志

1962年福岡市生まれ。伊豆修善寺温泉 柳生の庄に40年勤務。10年間、総料理長を務める。静岡県専門調理師連合会「瑞松会」副会長。2020年に出張茶懐石・仕出しを行う「耕心庵 次五ゑむ」創業。2015年に「ふじのくに食の都づくり仕事人」、2020年に「駿河の名工 静岡県技能士会」認定。茶道裏千家 専任講師、全日本居合道 範士8段の資格を持つ。

華味 関口 寛

1962年栃木県栃木市生まれ。1981年、18歳で横浜中華街の銘店「華正樓」に入店、その後「華勝樓」の修行を経て、28歳で三島「大龍」の料理長となる。2002年、沼津にて「王味」を開業。2019年より沼津駅南口に移転し「華味」のオーナーシェフとして腕を振るう。中国古典料理を得意とするが、現在のお店では特定の地域の料理にこだわらず、中国料理の特長を生かしつつ、老若男女問わず日本人の舌に合うように研究した料理を提供している。「厚生労働大臣表彰」受賞、「中国政府 国家中医薬管理局 中華中医薬学会 営養薬膳専科分会認定 営養薬膳師」取得。

6月、江川邸での初めての打ち合わせ

6月下旬に江川邸にて初回の打ち合わせが行われました。そこで江川文庫の学芸員 橋本敬之さんから当時の資料が配られ、現在あきらかになっている食材に関する情報や当時の暮らしについて質問がおよびました。

また、橋本さんからは「再現・アレンジ料理を通じて、江川家に残る資料の大切さを、広くみなさんに伝えたい」と今回のプロジェクトにかける思いを伝えられました。

[江川陽三郎の婚礼献立(享和三年/1803年)]

座付熨斗 三ツ組盃

吸物 山椒・小鯛・かいわりな

硯蓋 エビ・かすてら玉子・千枚巻・くりみ・きくらげ

差身

吸物 ほらふ・結幾す・松露

鉢 かれい・あいなめ

膾 しらが大根・いわたけ・みしまのり・鰡・めしょうが

汁 つみ入・ふき・小椎茸

坪 くわい・きくらげ・くしこ

平 花えび・鯛きりみ・たけのこ・長いも・大椎茸

猪口 いんげんささげ・けし

香物 奈良漬・きゅうり

焼物 中鯛

菓子 ようかん・餅二つ

しかし、婚礼膳といっても記載されているのは主な食材のみ。調理方法や味付けなどの記載はありません。聞きなれない食材も多く、現在と異なる構成に困惑する場面もありました。 橋本さんを中心に話し合いながら不明瞭な部分を明らかにしていきます。

  • 食材を見ると婚礼が行われていた季節は春だろう。
  • 江川邸でつくられていた酒やみりんは残念ながら途絶えていたが、瀧水などを購入していた。
  • 味付けは当時の万能調味料「煎り酒」を使っていたのでは?
  • 牛肉は滋養強壮のために療養食として食べられていた。
  • 当時のとり肉は雉や野鳥のことをいう。
  • まぐろや鰤、鱧が駿河湾近海でとれた。

そして、柴山さんと関口さんは食材と調味料に制約のあるなかで具体的なメニューへと落としこんでいきます。柴山さんは過去4回、江川家の再現料理をつくった経験がありますが、それでも今回の婚礼料理は難題のようです。

関口さんは、今回のプロジェクトテーマである「東アジア食文化の融合」として、江戸時代の婚礼料理を中華風にアレンジします。中華料理の範疇を越える厳しい条件のなかで、どうアレンジを加えていくのでしょうか。

8月下旬、和食と中華の婚礼料理の進捗を聞く

試食会間近の8月下旬、それぞれの進捗状況ついて話を聞くため、各店舗を訪れました。

再現料理をつくる次五ゑむ 柴山さんは、江川家の婚礼献立を忠実に、しかも、現代に合った味付けでつくります。また、これまでの再現料理の経験から、江川家が好んで食べていたと記録に残るメニューの引摺豆腐(ひきずりどうふ)、鱧の蒲焼も加える予定です。

「ガスも水道もない、道具も今とちがう。ないものだらけの中で、江戸時代の料理人はよくこれだけの献立をつくることができたなと驚きます。これだけの品数なら、おそらく3〜4時間は婚礼の宴会が行われたのでしょう。その準備のために多くの人が関わり、完成までに途方もない時間がかかったはず。

当時、砂糖は貴重ですから塩や酢を多く使っていたのではないでしょうか。私が料理人になったばかりの40年前と今ですら味付けが違うように、保存技術の乏しい江戸時代ならまったく違うことでしょう。

しかし、その一方で、食文化が発展していることに驚かされます。今、こうやって料理をつくりながらも、当時の江戸時代の暮らしが見えてきます。これまでも再現料理をつくるたびに、原田先生やみなさんと意見交換をして新たな学びがありました。今回の再現料理を通じて、さらに料理の解像度を上げれたらいいですね(柴山)」

鱧の蒲焼きを調理する次五ゑむ 柴山崇志さん
 試食会用の試作品(耕心庵 次五ゑむ)
当時の万能調味料だった「煎り酒」。酒に梅干し、昆布、鰹節を入れて土鍋で煮詰めたもの。塩味と酸味のあとに香りが広がる。奥行きのある風味が特徴

江戸時代の婚礼献立を中華料理にアレンジする華味の関口さんは、贅を尽くす豪華な満漢全席ではなく、シンプルな調理方法で素材の味を引き出す健康的な婚礼膳を目指します。  
「今、私が華味でつくっているのは、浙江省と江蘇省を合わせた江浙菜です。 今回は東京の麗家菜に通っていた頃に得た宮廷料理に関する知識も活かし、私の持つ技術を組み合わせた料理にしようと思います。 まだ通過点ですが、私だったらお殿様に健康になってほしいから、毎日食べても飽きないヘルシーな料理をめざしました。僕流の健康常食料理です。祝い膳なので色彩豊かに仕上げます。 中華料理では動物性のだしが欠かせないですが、今回はあえて使いません。静岡東部の食材を集め、酒、水、酢、砂糖のみで調理します。いい食材を使えば水とお酒からでも十分いいだしがとれるはず。今回、そこに挑戦しようと思います(関口)」

婚礼の献立についてのディスカッション
盛りつけをする華味 関口 寛さん

9月12日の有識者と関係者を集めた試食会

9月12日、まだまだ夏の暑さの残る江川邸で試食会が行われました。会場には、パネルディスカッションに登壇する9月12日、まだまだ夏の暑さの残る江川邸で試食会が行われました。パネルディスカッションに登壇する国士舘大学原田信男教授、富士・箱根・伊豆国際学会の五条堀 孝会長はじめ、県職員や関係者が集まり、完成した江戸時代の婚礼料理を味わい、交流を深めました。

9月12日の試食会会場
参加者は完成した和食と中華2種の婚礼料理を囲みながら再現された料理を味わう原田信男教授、富士・箱根・伊豆 国際学会 五条堀 孝会長

最初に五ゑむ 柴山さんが料理の紹介をしながら、再現の難しさについてふれました。

「現代の和食の美意識で調理をすると華美になってしまうので、なるべくシックに仕上げました。一品だと質素ですが、これだけ品数が多いと華やかですね。

再現料理は、書いてある素材の名前を一つずつ調べて確認していく作業からはじまります。当時の料理の写真も絵も残っていない状態からつくるのはひと苦労です。今では仕入れが難しい食材もあります。お品書きでいうと資料にあった松露の替わりに松茸を使いました。 また、当時のお品書きだと吸物が3回も登場していますが、和食でこんな構成はありえません。途中で喉をうるおしたり、お茶替わりだったかもしれませんし、清めるという意味もあるかもしれません。この構成をみていると、おそらく3〜4時間くらいの宴席だったのだろうと想像できます(柴山)」

耕心庵 次五ゑむ 江川家婚礼御献立
江川家が好んで食べた引摺豆腐(右奥)。煮がえした焼き豆腐に黒胡麻のペーストをのせたものと推測される。かすてら玉子(左奥)は伊達巻に似ている

耕心庵 次五ゑむ 江川家婚礼御献立

江川家が好んで食べた引摺豆腐(右奥)は煮がえした焼き豆腐に黒胡麻のペーストをのせたものと推測される。かすてら玉子(左奥)は伊達巻に似ている

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[江川家婚礼御献立(耕心庵 次五ゑむ)]

座付熨斗 えいひれ 結古ふ 勝栗 三ツ組盃

吸物 山椒 小鯛 かいわりな(かいわれ)

硯蓋 エビ かすてら玉子 千枚巻 くりみ きくらげ 引摺豆腐

差身 鯛古んふ〆 煎り酒 のり

吸物 ほらふ(洞麩=車麩) 結幾す 松露(松茸)

鉢 かれい(からすかれい) あいなめ(ほっけ)

膾 しらが大根 いわたけ(木耳) みしまのり(青のり)鰡(鯛) めしょうが 煎り酒

汁 つみ入 ふき 小椎茸

坪 くわい(栗) きくらげ くしこ(干しなまこ) 鱧蒲焼

飯 白飯

平 花えび 鯛きりみ たけのこ 長いも 大椎茸

猪口 いんげんささげ けし

香物 奈良漬 きゅうり

焼物 中鯛

菓子 ようかん・餅二つ

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続いて、200年前の和食を中華料理にアレンジした華味 関口さんから料理の説明がありました。

「みなさん中華料理は脂っこいと思っていらっしゃるかもしれませんが、実はそうではありません。昔の皇帝専属料理人は、皇帝の常食的な健康的を考え抜いたお食事だったと思われます。今回のアレンジでは、私自身のベースである中華の古典料理の知識と経験をもとにした健康料理をつくりました。肉は使わず、静岡東部で採れた有機野菜を使っています。

今回、自分に課したことが二つあります。一つはだし汁を使わずに素材旨みを引き出す事、二つめは祝膳としてカラフルに仕上げること。その上で中華の技法で婚礼膳をつくってみました。

試作段階では、枝豆の紹興酒漬けをつくっていたのですが、こちらで当時の日本酒の再現した江川酒をつくっていると聞いて使ってみました。実際に試飲したところ甘くていい香りだったので、今回は江川酒で枝豆を漬けました(関口)」

華味 一の膳
華味 二の膳

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[江川家 菜譜(華味)]

翡翠豆腐(枝豆のムース)

南瓜豆腐(かぼちゃのムース)

麻豆腐(緑豆のムース)

百頁結(板豆腐の和え物)

葱油章魚(たこの和え物)

蝦仁杯(えびのカクテル)

酔花生(落花生の紹興酒漬け)

醉毛豆(枝豆の日本酒漬け)

香味烤麩(お麩の香り煮)

檸檬甘薯(さつまいもの檸檬煮)

黒醋山芋(山芋の黒酢煮)

葱油芋艿(里芋とネギの香り煮)

芥末茄子(なすのからし和え)

油燜牛蒡(ごぼうの煮込み)

蠔油鮮鮑(鮑の牡蠣醤油煮込み)
蝦子海参 (なまこと蝦子の煮込み)

奈良漬蒸鯛魚(鯛と奈良漬の蒸し物)

木耳白蛋糕(きくらげ入りかすてら玉子)

蜜汁双蓮 (蓮根と蓮の実の蜜煮)

葡萄馬鈴算(じゃがいもの葡萄仕立て)

八宝飯 (黒米の甘味おこわ)

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今回の再現・アレンジ料理について、試食会を終えた原田教授は「200年前の華やかな武家の生活がよみがえってくるようで素晴らしい。江戸の味とはまた違って、婚礼献立をヒントにした新たな作品のようです」と感想を述べました。

メニューについて説明する次五ゑむ 柴山崇志さん
 メニューについて説明する華味 関口寛さん

200年前の江戸時代の婚礼膳をベースにした、和食と中華の再現・アレンジ料理が完成しました。2人の料理人の異なる知識と経験、そこに新たな発想を加えて完成した2種類の婚礼膳です。

実際に食べてみると、どちらも素材の香りと味を引き立たせるような、素材に寄り添うひかえめな味付けで、まったく違う料理なのに共通点も感じる。とても不思議な感覚でした。今回の試食を通じて、国は違えど、どちらの料理も根源的には近く、アジアとしてのつながりを感じました。

この地に根付く豊かな食文化と歴史、この記録を後世に残し、さらに未来へどうつなぎ、発展させていくのか。10月15日のパネルディスカッションでは、料理人と研究者たちによるトークセッションが行われ、地域の食の普遍的価値、そして伊豆のガストロノミーの可能性を探ります。

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「東アジアDNAの源流と、文化・芸術の多様な未来」
2023 年 10 月 15 日 
開催場所:韮山時代劇場(伊豆の国市四日町 772)

■テーマトーク10:50~11:25
~東アジアと江戸の食文化~
講師 :国士舘大学 名誉教授 原田 信男氏

■パネルディスカッション 11:30~12:40
~江戸時代から紐解く、ガストロノミーの可能性~
パネリスト 橋本 敬之氏・柴山 崇志氏・関口 寛氏・原田 信男氏
コーディネーター 石川 佐和子氏

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